武士道・・・

私が小学校高学年の頃、父の両親が同居することになりました。

祖父母の部屋に武士の写真の額縁が飾られていました。

祖父の語った言葉では、先祖は武士であったと。

父に聞くと家系図が残ってないからわからないが、

あくまで言い伝えだからと前置きし、

熊本県の菊池を本拠とした菊池家の重臣の末裔かもと・・・

私の姓の村が菊池郡にあるんですが真相はどうなんでしょう。

菊池家といえばASKAのお母様方、それに西郷隆盛も菊池家の末裔ですね。

元は藤原家。由緒正しい武家なんですね。

 

小学生高学年の多感な少年にはこれだけで十分でした。

俺の体には武士の血が流れてる!

丁度社会の授業で日本史の戦国時代をやってたので、

織田信長に憧れました。

そんな少年時代を過ごし、

社会人になって新渡戸稲造著の「武士道」を読みます。

「義」・・・正義、

「勇」・・・勇気、

ささっと読んで自分の好きなように解釈して・・・

自分が正しいと思ったことは頑として譲らず、

間違ったことを見れば先輩にも容赦なく突っ込んだ。

ガチガチバトルも数知れず。

会社では武闘派として通ってました。

肩肘張って生きていました。

孤独を全く恐れずに生きていました。

自分は「サムライ」であると信じて疑わなかった。

若い者のお手本になるようにと誰よりもルールを守り、

誰よりも挨拶をして「礼」を重んじ、

いつでも背筋を伸ばし、

間違えた時は「いつでも腹掻っ捌いて死んでやる」つもりでいました。

周りから疎んじられようとも一向にかまわなかった。

それで業績が伸びてるうちはよかった。

上司に認められ、会社で一番問題が多いと噂される部署に配属に。

「改革をしてくれ。」と。

私もサムライを気取って乗り込んでいきました。

 

そこで私は文字通り叩きのめされました。

どのようなことが起こったかは会社を批判するような気がするので

ここでは触れません。

 

私は間違ってないのに敗れた。

ずっとこの考えが頭から離れずにいました。

「サムライ」を気取ってた私が鬱病に。

鬱病を患った私を今の職場は歓迎してくれました。

しかし私はなかなか溶け込めずにいました。

周りが、というよりそうなった自分が許せなかった。

「いっそ腹を掻っ捌こう。」と何度思ったか。

 

しかしこの職場の特徴として、

一人作業が多いもののチームワークが不可欠なのです。

作業を重ねるうちに私がどれだけ助けられてるか。

それだけだったら自己嫌悪に拍車がかかるだけですが、

私も作業をやることで他のメンバーを助けている。

徐々に気付くことが出来るようになっていった。

今までガチガチに身構えて生きて来た。

一人で生きているつもりでいた。

その鎧が剥がされたとき、少しづつ周りが見えてきた。

 

今、新渡戸稲造著の「武士道」を読み返しています。

いかに間違えた解釈をしていたか。

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